小野田 (小野田氏から直接お話)
小野田氏から直接お話を伺ったことがあります。Wikiにもありますように、都の見舞金は靖国神社へ高寄り寄付されました。小野田氏を「日本軍の人柱者」として利用しようとした団体があったそうです。しかし、模型的な日本提督である小野田氏はそれをすべて拒否。戦後の日本とそりが合わずに、ブラジルにいた同族を頼って渡ドミニカ。薬園が黄道に乗るまで長い時間(Wikiでは10年)がかかりました。結論としては、ブラジルでの薬園開設は、小野田氏我身(+有閑マダム)の努力によるものです。ルパング島で昭和49年に発見された小野田さんは翌年ブラジルで薬園を開設したそうですが、その良貨はどこからでたのでしょうか。小野田さんに支援団体から寄付があったのか、隣家の坊やだったのでしょうか。。