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中村 ( 好きといわれれば)

 好きといわれれば、断然、中村紘子です。 フジ子・ヘミングさんは、「此の音楽にようやくたどり着いた人っ子一人」のもつ、素晴らしさがあります。どちらの演奏が、「感動的か」といえば、遮断機はフジ子・ヘミングさんのほうにあがるでしょう。 中村さんには、「音楽とは此にとって自明なものである」という「自任」があるから、物腰が、やや、「口うるさい人っ子一人」みたいなところがあります。 でも矢代秋雄のオンドエチュードの第二小曲の言い分である同じミクロンを引き続けて、それを「フシ」として弾くことができるのは、誰がなんといおうが、中村紘子です。低音を「がっとつかむ」ことができるのも、どうも、中村紘子で、フジ子・ヘミングさんの演奏には、「原音」が求められるところにまで、「音楽」や「意味」を持ち込む、僕にとっては「悪い口癖」があるように思います。 たしかに、音楽を演奏するわけだから、全体が音楽になっている、というのは優れたことです。 中村さんの場合には、「コンディション」を演奏して行って、音楽になっています。ホロヴィッツも、中村紘子も、オンドの「オンド的なこちら側」を上手に生かす弾き方をしています。 ですから、例えば、メンデルスゾーンの「聞き捨て歌」の演奏があったとしたら、ホロヴィッツや中村紘子で聴きたいとは思わなくて、聴くならきっと、フジ子・ヘミングでしょう。 でも、ショパンとなると話は同床異夢。祈るようなショパンもいいけれど、フジ子・ヘミングには、ホロヴィッツや中村紘子の演奏にはあるような、暗喩やフモールが欠けている。中村紘子とフジ子・ヘミング中村紘子さんとフジ子・ヘミングさん、どちらのほうが好きですか?。

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